ナイトワーク人材サービス ANOTHER CAST(アナザーキャスト)のスタッフブログ

登録者数7000名を抱えるナイトワーク人材サービス【アナザーキャスト】の運営スタッフブログです。 http://www.anothercast.com 厚生労働大臣認可 一般労働者派遣事業 (許可番号:般13-306009) 有料職業紹介事業 (許可番号:13-ユ-305326)

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ANOTHER CAST(アナザーキャスト)
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中野某店に在籍。とあるキャスト(35歳)の実情

いつもアナザーキャストをご利用いただきありがとうございます!

今回は『Suits-woman.jp』というサイトにて、今月の15日に公開された“ナイト産業に特化している記事”を転載いたします。

【貧困女子】イケメンホスト風スカウトの甘い誘惑で、歌舞伎町の女王に変身した名門大学生の末路
今回お話を伺ったのは、中野区内の飲食店に勤務している中村杏奈さん(仮名・35歳)。
現在の月収は16万円。住んでいるのは家賃5万円のワンルームマンションです。


彼女は私大の雄と呼ばれる大学を卒業しています。
東北出身らしく肌が抜けるように白く、セミロングのストレートヘアはつややか。どこかタレントの壇蜜さんに似ています。ほっそりしているのにバストが出ている肉感的なスタイルに白のシフォン素材のブラウスとデニムのパンツが似合います。バッグはフランスのハイブランドのカラフルな家紋柄。タバコが手放せないらしく、アイコスをしきりに吸っています。

「大学時代から夜の仕事をしていていました。一時期はその仕事だけをしていたのですが、27歳の時、当時付き合っていた人に説得されて普通の会社の正社員になりました。でも、手取りが月17万円とバカみたいに安くて生活ができず、夜の仕事も続けてしまい2年で昼職を退職。一日働けば3~4万円になることを知ってしまうとなかなか地道なOLの仕事はできませんよね」


取材場所の喫茶店の窓際の席は、陽光が差し込んできます。杏奈さんは確かに美しいのですが、太陽の光にさらされると、シワ、クマ、シミ、白目のにごり、歯の黄ばみなどを際立たせます。


ウシジマくん的な作品世界が他人事ではないと感じる……

「去年までは月30万円くらいは稼げたんですけど、今年からは全然ダメ。20代のコじゃないと仕事にならない時代なんですね。“用済み”という感じがあって、別のお店に転職しないとと思っています。先月の収入なんて16万円ですよ。食べるものも食べられないから、タバコばかり吸っています。借金もあるから、『闇金ウシジマくん』が他人事ではありません」


そもそも杏奈さんはなぜ夜の仕事の道に入っていったのでしょうか?
「もうなんというか、“新宿”って街にハメられて、カードローンを返済しなくちゃいけなくなったからです。私の大学は新宿に近く、下宿も大学の近くのアパートを借りていました。大学が終わって自転車に乗ってたった10~20分くらいの場所に夢みたいな世界が広がっているんですよ。というのも私は町にスーパーマーケットが1軒しかない田舎で育ったから、あんなにたくさんモノがある場所に行くとおかしくなりますよ。買い物に対して免疫がないんです。可愛いものが街にあふれかえっているから、買いたくて買いたくて我慢できなくなっちゃうんですよね。親元を離れたさみしさもあり、東京のひとり暮らしのワクワク感もあって、親のカードを使ってバンバン買い物をしてしまったんです」


杏奈さんは高校2年で中退し、一時期引きこもりになっていたこともあるそうです。しかし、いとこのアドバイスで当時の大検(現在は高等学校卒業程度認定試験)を受け19歳の時に名門大学に合格。それを機に上京します。両親は地方の地主だといいますが、娘の月20~30万円のカード支払いを続けるほど金持ちではありません。
「一度、買い物の楽しさを知ってしまうと止められません。海外セレブがデザインしたバッグを買えば、それにふさわしい雑誌に載っている新作ワンピースが欲しくなる。限定デザイン・カラーの靴、可愛い雑貨、おしゃれなカフェご飯……そんな生活を続けて半年くらいで親からカードを取り上げられてしまったので自分でバイトをすることにしました。朝はホテルの朝食配膳、夕方から居酒屋さんでシフトをみっちり入れたのですが、月15万円にもなりません。当時、私は自分で学生用のクレジットカードを作ったのですが、キャッシングの2万円の枠はすぐにいっぱいになっちゃうし、買い物枠の18万円なんてすぐに終わってしまう。当時、カードの支払い方法は一括払いしかないと思っていたから、百貨店のカードカウンターに支払いの相談に行ったんです。そこで3回の分割払いを設定してもらいホッとして帰る途中にスカウトの人から声をかけられたんです」


「前も渋谷や池袋でよくスカウトされていたのですが、人見知りする私にはムリだと思っていました。でも、あの時はお金が本気でヤバかった。彼が“お姉さんなら一晩で10万円は稼げるよ”と言ってきたので話を聞くことにしました。まあ、私好みのイケメンということもついて行った理由のひとつ。歌舞伎町近くの喫茶店で30分程度話をして入店が決まりました」


杏奈さんが思っていたよりお店は居心地がよく天国。歌舞伎町の女王の時期は2年間続いた。

「大学2年生の時、私は21歳で月に100万円くらい稼いだこともありました。あの2年間は、まさに歌舞伎町の女王でした。あの時は超絶お金持ちのお客さんにチヤホヤされていましたね。IT関連、不動産関係の人が多かったですが、官僚の人たちもお見えになりました。お店の女の子たちはタレントみたいに美しく、地頭がいい。だから“ちょっとバカ”のふりができるんですよ。でも、それが通用するのは25歳まで。女の子の期間は25歳までというようなCMが炎上していますが、その通りだと思います」


杏奈さんはお店を転々としながらも、1留してなんとか大学を卒業。しかし、25歳から収入が目に見えて落ちたといいます。
「自分でも劣化していると思うし、ああいうお店って男性の“若くてかわいい子に会ってからかう”というテーマパークなんですよ。明らかに人間的に劣っている男の人からバカにされたりからかわれたりするのが商売なので心は病みますよね。それに、“ちょっとバカな女の子”の演出が痛いと思われるようになる。なんというか、“自分が生きるために等価交換しなくてはいけないもの”が社会に対して供給できないと感じるようになりました。それで当時の彼の紹介で、27歳の時に美容関連の会社に就職したんです」


ビックリするほど少ない中小企業の手取り月収……

しかし給料は手取りで17万円。今まで生活費が月50万円ほどかかっていたので、生活費が足りずにキャッシングをしてしまう。
「当時は、彼と一緒に東新宿のマンションに住んでいたんです。家賃を払う必要がなかったので生活できましたが、限界が来て。夜の仕事を再開することにしました。前と同じようにはいかないことはわかっていましたのでランクを落としたお店で副業開始。同じ歌舞伎町なのですが、前のお店とはお会計がゼロひとつ違うので最初は前のお客さんが面白半分で遊びに来てくれました」


昼の仕事もいいけれど、やはり夜の方が稼げていた。だから杏奈さんは会社を辞めてしまう。
「それと同時に彼とも自然消滅したのが30歳。震災があった年ですね。あれから5年か……この間、地を這うような生活をしていたこともありますね。若い頃の苦労はいいけれど、30歳を超えて1日納豆1パックとか、激安食パンとか、電話代を計算しながら同伴の営業をするとか、一時期お金を借りた人が家に催促に来たことがあって真っ暗にして居留守を使ったり……みじめですね」


仕事も焦れば焦るほど悪くなるだけだと続けます。
「ママは40代後半の陽気な人で楽なんですけど、“今日は暇だから帰っていいよ”と言われることもあって全然稼げません。一応、同伴のインセンティブやその他のデートなどで収入はありますけれど……今、中野じゃないですか。やはり、新宿と比べると街の力が弱いと感じることがあります。この前、久しぶりに歌舞伎町に行ったのですが、吹き上げるようなエネルギーがあって、すごいな……と圧倒されました」


立ち上がる時に足が痛む、その秘密とは?

そこまで語って杏奈さんはお手洗いに立ったのですが、立ち上がる時に「いたたたた……」というのでその理由を伺いました。
「私、震災の直後、飛び降り自殺未遂をしたんです。お金はないし、彼と別れるし、一時期精神的に追い込まれて実家に帰っていたんですよ。見栄っ張りの親には、“レストラン運営会社の接客マネージャーをしている”と言っていたんですが、どうもバレたみたいで父と兄から“地元に帰って結婚しなければ死ね”と2時間くらい説教されたんです。実家の町にも巨大なショッピングモールはあるし、都会と同じような生活ができるとしきりに勧めるんです。“30歳ならまだ嫁にもらってくれる男はいる。これを逃したら次はない”と年齢と子を産むことばっかり言ってきて、頭の中でプチンと音がしました(笑)でも、私は彼らに借金を300万円ほど払ってもらっているので言い返せなくて。その時に体が勝手に動いて発作的に実家の3階の窓から飛び降りてしまったんです。3階だし下は芝生だから大丈夫だと思っていたんですが、複雑骨折してしまい病院に搬送されました。父も母も兄もそれ以来腫れ物に触るような扱いをしてきて、東京に戻ることを許してくれました」


今住んでいる中野のワンルームマンションは、お兄さんが契約してくれたそうです。
「お詫びの気持ちもあったのかもしれません。契約の時も全く私と目を合わせませんでしたから。震災の後で家賃も諸費用も底値の時代でしたね。もう5年も住んでいるから汚部屋ですけどね。東京に帰ってきてからは、実家とはほとんど連絡を取っていません。母が半年に1回くらい電話をしてきますが、兄と妹の子ども達の世話で満ち足りているらしく、私は“いなかった人”になっているみたいです」


杏奈さんに恋人はいるのですか?
「一応、います。5歳年上の妻帯者なのですが、彼も私と別れたがっていることがわかるんですよね。年々状況は悪くなっていきますが、なんとか人は生きていけるんだなと思います」


歌舞伎町で稼ぐには、若く美しくなければならない。稼ぎ続けるには、冷酷さと根性が必要だったと杏奈さんは語りました。


本日もご一読いただきましてありがとうございました。

11月もよろしくお願いいたします!


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